2016年5月アーカイブ

2016年5月20日

予定表のつくり方 

高名な歌人であった窪田空穂氏の言葉がある。ある年の元旦に某新聞に書いた文章です。 

「私は除夜の鐘を聞くと九十歳になる」という書き出しで始まって、「自分の如きものの場合でも、我慢と多少の無理を押さなかったら、何事も為し得なかったと思う」と書かれているのだが、何事も、仕事というものは、おそらくこのようにしてなされるものにちがいない。仕事は十分な準備と周到な用意をもってなすべきですと、普通にはいわれているし、またそのとおりかもしれないが、それは心がまえの問題であっ气実際には窪田氏のいわれているように、多少の無理を押さなければできないものであろう。 

このことは、時間管理についてもあてはまる。『時間の管理学』を書いた小林薫氏も、これを「時間意識化の原則」と名づけ、「時間管理とか時間経営とかは、ただダラリとしていたのではできない。それは、いわば、意識的に合理的にムリをすることです」と述べて。

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2016年5月10日

わずかな時間も実は大切

だれでも時間のたいせつなことは知っていると思うので、わかりきったことはいわないことにするが、人にはあまりはっきりしないことに、ちょいちょいと費やされるわずかな時間の断片も、一日、一週、一月、一年、[生ととってみると、相当な量となるという事実です。。

また、これもあまりはっきりしていないことだが、同じ時間でも、一日のちがった時刻においては、時間の価値がちかってくるという事実がある。たとえば、朝の一時間と午後の一時間の相違とか、ある仕事のとっかかりに注意深く使われた一時間が、後々の数時間を節約してくれるといったように......。 一分という時間をとってみよう。これは、飛行機や列車に乗るときのギリギリのばあいとか、もう一分早く着いていたらあの人に会えだのに、などというばあいを除いたら、あまり価値のあるものではない。 

しかし一日一分でも、これを一年にしてみると、まるまる六時間の節約になる。だがこれではあまり単位がこまかすぎて、現実の意味をもたないということだったら、一日一〇 分ずつ有効に使ってみることにしてみたらどうだろうか? 

一週五日、毎日八時間ずつ働いているとすると、一日一〇分間の節約は、年にすると、なんと、一週間と三日分の労働時間の増加となるのだ。人間の一生をとってみると、平均寿命まで生きて五〇年働いたとして、こうすることによって一年半近くの労働時間がその人に追加されることになるのです。